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結局たどり着いた言葉

すみませんを通り越して、ごめんなさいになってしまってうざがられた。悩みに悩んだ結果、すんなり出てくるようになった言葉はありがとうではなく、助かります(助かりました)だった。

なぜありがとうではなかったかを説明すると大変なんだけど、簡単に言えば、ありがたいという言葉に自身の思いの具体性を見いだせなかったからだ。

すみません、ごめんなさいは、たとえそれがビジネスや、見返りの求めていない善意などだったとしても、自分に時間や手間をかけさせてしまった(僕以外の何かに、その時間や手間をかけた方が、その人にとって価値があったかもしれないという思い)というのが本心だから。

お前は自分を卑下しすぎで気が滅入るなんて言われる事も度々。でもとっさだからなあ。生きててごめんなさい。って類いかもしれない。

ありがとうは確かに感謝の意なんだけど、使い方が間違っているのか、ありがとうと言われるような事をしたっけ?と訊ねられる事が多い。そこでさっきすいませんやごめんなさいで書いたような内容の説明をして、「うざっ」と顔をしかめ面に変えてしまい、落ち込む事がトラウマになったんだな。

助かりますに出会ってからは、そうした落ち込む事は減った。相手方からしたら、まだその卑屈さにイラついているのかもしれないけど。何が助かったかは説明が楽だし、自分の中で因果の筋を通しやすいキーワードだったりする。

まあそんなこんなで、フジキくん信者の僕にとっては、ありがとうの敷居が高いという気持ちはわからんでもない。

もはや慣習? 感謝するときについ「ありがとう」ではなく「すみません」と言ってしまう大学生は約7割