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真実は心の中に。

○○の価値、って言葉、結構好きですよ( ^^)

さて、命運が尽きた…と感じられるような体験を何度か経験して、今日まで生きてきたわたくしです。

そして今、こうしてなにかを書こうとしているのは、実は書きたいことや伝えたいことをいつでも書いたりうまく伝えたりすることができるわけではないのだ、ということがはっきりと理解できたからなのです。

そしてそれと同時に、自分以外の人間も実は、本当に言葉にしたいと望んでいる言葉だとかって、ほとんど実際には伝えられてなくて、言いたいわけではないことばっかりを口にしていたり、なぜか本心とは裏腹な振る舞いばっかりしてしまっているのではないか?

という可能性に目が向くようになってきたからです。

真実だとか愛だとかそういったものは人間の認識としてはほとんど知覚することは不可能で、基本的に見せかけだとかの人間としての振る舞いや反応ばかりを見ているのだという感覚がより詳しく理解できるようになってきたと感じています。

そしてそれこそが私がこれまでに何度も感じていた、霊的に目覚めていないという意味での「眠っている」ように見える理由だったのです。

しかしその実、それこそが個人として生まれ持った個性であり性格だったりするので、それを消したり変化させることはほとんど不可能なのでしょう。

ではこれまで私がみてきたものはなんだったのか?

真実なんて気付くもんじゃない…中途半端に覚醒した意識に振り回され、望まない状況や経験に放り込まれてきたと感じている私にはわかります!!

(こういうのが性格ってやつだね(笑)

というか、ちゃんと気付けたならその瞬間だけはあらゆる問題が問題じゃなくなる。それらはすべて見せかけに過ぎず、そのような考えも感覚も出てこなくなるから。

しかしその意識を保ち続けることはできないんだよ…。それは思考から健康状態まで、実は何一つ自分ではコントロールできない&関係ないのだと気付くことが理解できるようになる。いわゆる瞑想ってやつだわね。

で、なんでこんなこと書いてるのかって?

それこそがこの文章を書く理由なんだよ。

変な表現かもしれないけれど、こういうことを書きたいと感じられることさえ、私のコントロールからは外れているのだよ。だから書きたいって思った時にしか書けないからこうしてなんやかんや記しているというわけだ。。。

どうやら私はこのように自分の考えを記すことの方が向いている人間らしいのだ。その証拠にこのようなことを特定の誰かに語る機会なんてほとんどないし(笑)

まぁ…人間としての自分とか、見せかけの世界の仕組みってのは理解できるようにはなりつつある。だがしかし、そのような霊的な知恵みたいなものがこの俺の行動に反映されるようになるのがいつなのかまではわからないのだ。

まぁ、そんな感じで私はこのような人間なんだよ。

それは時に怨めしく、自分や世界を呪ったりしたくなるような個性だったりするけれど、実はそれもまた見せかけに過ぎないので(  ̄▽ ̄)

そう、真実は心の中に、

安らぎも、失われない愛もそう。

しっかしそういう輝かしいものをこの世界で得られるのだろうかって?

そりゃあんた、それは俺の力の及ぶものじゃない。

俺は運命だというなら命運尽きても構わないよ。

そう思えるくらいには奮戦したって十分。

あとはもう人間らしくなくたっていいじゃない。

割と悪くない人生だよ。

もちろん状況が変わったらそれに振り回されるのが俺なのだけれど、それが人間として自然な在り方なんだよ。

この話はここで終わり。