南スーダンの現実

希望に満ちて覚悟をもって臨んだ建国の道は一歩も踏み出すことなく血塗られた道となった。

往々にして革命とはそういうモノだとも言える。

南スーダンの状況についての記事がある。

ゼロからわかる南スーダン講談社

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51377

革命とは、それを成し得た勢力が自称するものであって、本質は特定の軍事勢力が武力をもって政権を掌握するコトであり歴史上連綿と続く戦争の息継ぎのようなものだ。

軍を動かし、領土を奪ったらその財産を軍が略奪するのは当然であって、またそうしなければ軍自身が分裂しつつ戦争を継続することになる。

南スーダンでは政府軍の中であまり報酬を得られなかった兵士が自主的に略奪や強姦などをすることは事実上、権利として認められていた。

これは軍隊と言うモノの本質である。社会や人間の本質でもある。戦って勝ったら褒賞があるのは当然だ。

例えば日本の明治維新でも、徳川幕府を倒した烏合の衆はそれぞれ分け前を要求した。

兵士に対する報償…それが一般庶民の400倍という収入の保障される役人と言うポジションだった。

これは武家のそれと同じで実務の能力を伴うもので無いから全くの戦勝報酬であったと言える。

戦国時代の報酬に比べても多い。そのかわり役人の地位は表向き世襲できないが。

実際、世代が変わる頃に急激に役人の報酬は下げられている。とは言え、未だ国民の金を自分の財布と思ってる点は変わりないのであるが。

敗者は財産を奪われ、武装解除されて僻地へ開拓に出された。

しかし、当時の国民はそれで当然と思った。庶民もまた勝ったら奪うのは当然と考えていたから。

まあ、それまでずっとそうだったんだし。

まあ、新時代の建国のために頑張ったと言う愛国心に置き換えたい向きもあろうが、そんなのは国がある限りいつだってある。南スーダンにだってもちろんあった。とても強い覚悟が。

似たような話は諸外国にもあって、それぞれ近代政府になるまえに何らかの形で経験してる。

南スーダンは悲惨な状況にある。

しかし、例えば明治維新の混乱期に例えばイギリス辺りがやってきて治安の維持に手を貸しましょう。などと言って入って来たとしたら、いい結果を得られただろうか。新政府が認めたとしてもだ。

一般民衆を保護するためとか、被災者に住まいや食料を供給するだけでも、医療の手伝いをするだけでも、当時の日本人は喜んで受け入れただろうか…無論、それが利益になる一部の人は賞賛したと思うけど。

ここで外国人のできるコトは、南スーダンに外から利益目当ての悪い人間を送り込まないように注意するコト、武器や金の動きを監視するコトくらいで、あまり介入しない方がいいと思うのだが…

南スーダンで戦闘、16人死亡 政府軍と反政府勢力衝突

(朝日新聞デジタル - 04月11日 17:50)

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