解るということ

解るという事は、自分を助ける事だと思う。

翻って、解らないという事は、自分を貶める事だと思う。

ある意味においては。

僕はずっと長く、とても長く、暗闇の中を彷徨い歩いて来た。

苦しみや痛みの中にあって、見えないという事は、圧倒的に酷い事だと今も思う。

見えないという事は、僕にとってはそれ自体が苦痛だ。まして苦しみや痛みがあれば尚の事である。

かつて、苦痛を感じるだけの知覚が有りながらも、解る事が出来ない無明の闇の中で、僕が感じていたものは本当に酷いものだった。

それは心から、本当に酷いものだった。

解る事は僕にとってはひとつの光明である。

世界に怯え、本当に苦しんでいた僕の心と視界を照らす光だ。

情報とは、ある意味においては世界を照らす、何にも勝る、光の宝であり救いだと本当に思う。

解らないという暗闇の中にあっては、僕は苦しみや痛みに蹂躙されるのみであると思う、きっとこれからも。

きっと、そうだと思う。

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