『成功する人は偶然を味方にする』日本経済新聞出版社

ロバート・H・フランク

多くの人が、大金持ちになるのは例外なく才能があり、勤勉で、社会的生産性の高い人たちだと主張する。

だが、それは言いすぎではないだろうか。

口パクの男性アイドルグループや、世界経済をめちゃくちゃにしながら大金を稼いだデリバティブのトレーダーのことを考えてみてほしい。

ただし、ビジネスの成功者のなかには才能豊かで勤勉な人は多くいる。

一方、才能があり勤勉でありながら、経済的に成功しない人のことはどう考えたらいいのだろうか。

わたしは、ブータンの山岳民族出身の青年ビルカマラン・ライのことをよく考える。

私が平和部隊のボランティアとしてネパールの小さな村に滞在していたときの料理人だ。

ライはこれまでわたしが出会った人のなかで、おそらく最も起業家精神と才能にあふれている。

屋根葺(ふ)きも、目覚まし時計の修理もやってのける。

料理の腕がいいだけでなく、靴底の張替えもお手の物だ。

牛のふん、泥、その他タダで手に入る材料を使って漆喰(しっくい)をつくり、壁塗りもする。

ヤギもさばく。

地元の商人とよい関係を築きながら、厳しい価格交渉ができる。

ライは読み書きを習ったことはないが、ネパールの村で必要なことはほとんどなんでも器用にこなした。

それでも、わたしが支払ったわずかな金が、ライの人生でおそらくいちばん高い給料だっただろう。

もしライがアメリカなどの豊かな国で育ったなら、もっと裕福な暮らしができただろうし、華々しい成功をおさめていたかもしれない。

経済学者ブランコ・ミラノヴィッチによると、世界の人々の所得格差のおよそ半分は2つの要素で説明がつく。

住んでいる国と、その国の所得分布だ。

ナポレオン・ポナパルトがかつて述べたとおりである。

「すぐれた能力も、機会が与えられなければ価値がない」

才能と勤勉が経済的な成功を保証しないとしても、高く評価される才能をもつ人や、集中して疲れも見せずに働く能力と意欲のある人が成功しやすい、という点には同意してもらえると思う。

では、このような個人的資質はどのようにして得られるのだろうか。

はっきりとはわかっていないが、遺伝と環境の組み合わせからだと言われている(ただし、近年の生物学研究では、個人的資質の獲得も偶然の影響が大きいと言われている)。

朝起きて働きたいと感じるかどうかは、遺伝と環境で説明がつくだろう。

働きたいと感じられる人は幸運だ。

同じように、頭のよさも遺伝と環境でほぼ決まる。

頭がよければ、社会で高く評価される仕事をうまくやってのける可能性が高い。

よって、その点でも運がいい。

わたしは運・不運が個人の資質の違いにつながると訴えたいわけではない。

近年の研究で明らかになった、偶然のできごとや環境的要因が…個人の資質や欠点とはまったく無関係のものが…人生を左右するという事実をみんなにも知ってほしいのだ。

ちょっとしためぐり合わせのようなできごとが、のちに大きな影響をおよぼすことも多い。

たとえば「モナ・リザ」はどこが特別なのだろうか?

キム・カーダシアンは?

2人とも有名だが、ときに「有名であるがゆえに有名になる」こともある。

そうした人々の成功の理由を解き明かそうと客観的な資質をいくらくわしく調べても、たいていは有名でない人とあまり変わらないことがわかる。

華々しい成功物語でさえ、偶然のいたずらでまったく違う結末になっていたかもしれないことが、いくつかの事例からわかるだろう。

ルーブル美術館の中で、なぜ『モナ・リザ』にだけ大勢の人が群がっているのか…。

「『モナ・リザ』は、かつてはほとんど世に知られていなかったらしい。

一躍有名になったのは、1911年のビンセンツォ・ペルージャによる窃盗事件からだ。

ルーブル美術館で維持管理作業をしていたペルージャは、ある晩、着ていたスモックの下に「モナ・リザ」を隠し、姿を消した。

この盗難事件は広く報道され、2年後、フィレンツェのウフィッツィ美術館に絵を売ろうとしたペルージャが逮捕されて解決をみた。

世界中の新聞がこの事件を取り上げ、『モナ・リザ』は世界的名声を得た最初の美術品となった」という。(同書より)

成功するのは運や偶然がほとんどだから、まったく努力などしなくてもいい、と言う話ではない。

ただ、幸運や不運は、生まれた国や時代、あるいはまわりの環境がかなりの比率で関係しているということ。

我々は、この時代に、しかも、日本に生まれただけでも運がいい。

運がいいと思っている人は、今与えられている幸運に気づける人。

愚痴や文句ばかり言っている人は、その運に気づけない。

偶然(ラッキー)や今ある幸せに気づき、それに感謝する人は運がいい。

運や偶然を味方にする人でありたい。